名古屋高等裁判所 昭和33年(ネ)303号 判決 1959年3月23日
控訴人 被申請人 有限会社宮本鉄工所 代表者取締役 宮本富吉
訴訟代理人 堀部進
被控訴人 申請人 山口作次
訴訟代理人 原田武彦
主文
原判決を取消す。
被控訴人(申請人)と控訴人(被申請人)間の名古屋地方裁判所昭和二十九年(ヨ)第七八五号仮処分命令申請事件について、同年八月十八日同裁判所がなした仮処分決定を取消す。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
この判決は、第二項に限り控訴人において仮にこれを執行することができる。
事実
控訴代理人は、主文第一項乃至第三項と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述並びに疎明の提出援用及び書証の認否は、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
理由
被控訴人(申請人)と控訴人(被申請人)間の名古屋地方裁判所昭和二十九年(ヨ)第七八五号仮処分命令申請事件につき、同年八月十八日同裁判所において、「被申請人(控訴人)は、申請人(被控訴人)所有にかかる特許第一九七四三三号の登録請求の範囲内である高周波電気ミシンにおいて、二個の電極用ローラーの大なる一方のローラーの外周縁に輪状のゴム状物質を側当鈑により支持し、更にその外周に燐銅線類により作成する円形又は楕円形コイルのスパイラルスプリングを嵌装し、該スパイラルスプリングに他の一の金属ローラーを添接押圧し、押圧部を圧縮凹状に変型して線状又はリボン状に接触せしめて、接着縫合せしめる装置の、高周波電気ミシンにおける下部ローラーの該スパイラルスプリングを、引手状金属体をもつて代用する下部ローラーを製造販売又は拡布してはならない、申請人(被控訴人)は、名古屋地方裁判所執行吏をして被申請人(控訴人)所有又は占有する右下部ローラー及びこれが半製品、資材並びに製造に必要なる一切の機械器具を保管せしめることができる」旨の仮処分決定がなされたこと、控訴人会社の代表取締役たる訴外宮本富吉は、その考案した高周波ミシンの下部ローラーを製造販売していたが、昭和二十八年十一月十九日控訴人会社を設立し、これに右考案の使用を許容して、引続きこれが製造販売をなさしめ、一方右考案につき実用新案の登録を出願し、昭和三十年十一月二十八日これが登録を得て、「高周波ミシンにおける送り用ローラー」なる実用新案権(登録第四三六五一九号)を有するに至つたものであること、被控訴人は、「高周波ミシンにおける接着縫合装置」なる特許権(登録第一九七四三三号)を有するものであるが、控訴人の前記高周波ミシン下部ローラーの製造販売をもつて、被控訴人の右特許権を侵害するものであるとなし、名古屋地方裁判所に控訴人を被申請人となして仮処分命令を申請し、同裁判所において前記のように右事件につき申請を許容する仮処分決定がなされたものであること、控訴人は、被控訴人により右仮処分命令の執行を受けて現在に至つており、又右仮処分の本案訴訟は、同裁判所に昭和二十九年(ワ)第一九三五号事件としてなお繋属していること、しかして、控訴人会社代表取締役たる宮本富吉と被控訴人との間には、特許庁に審判事件が繋属しており、昭和三十年五月十一日同庁において、右宮本富吉が考案した高周波ミシンにおける接着縫合装置は、被控訴人の有する第一九七三三号特許の権利範囲に属する旨の審決がなされたが、宮本富吉は、これを不服として更に抗告審判の請求をなし、これが特許庁昭和三十年抗告審判第一四二一号として繋属していたところ、昭和三十三年二月十八日同庁において、原審決を破毀し、宮本富吉が考案した高周波ミシンにおける接着縫合装置は、被控訴人の有する第一九七四三三号特許の権利範囲に属しない旨の審決がなされたこと、以上の事実については当事者間に争がない。
ところで、もともと仮処分は、権利保全のため簡易にしかも迅速になされる暫定的な処分であつて、その要件たる被保全権利の存在、保全の必要性等につき、債権者の疏明によつてその蓋然性が肯認せられれば、許容せられるのであるから、その後仮処分の存続を不当とするような事情が発生し、あるいは仮処分の要件が事後に欠缺するに至つたときのように、事情の変更があつたときは、債務者は、これを理由として仮処分の取消を申立てることができるのであり、そして、仮処分当時はこれを具備するものと判断せられた仮処分の要件が、その後の事情により仮処分当時既に存在しなかつたものと判断されるに至つたときにおいても、右にいう事情の変更があつたものとして、債務者は仮処分の取消を求めうるものと解すべきである。
本件についてこれをみるに、本件仮処分は、宮本富吉の考案にかかる高周波ミシンの接着縫合装置(送り用ローラー)は被控訴人の有する第一九七四三三号特許の権制範囲に属するから、右考案の実施は被控訴人の特許権を侵害するものとして、これが妨害を排除するために申請し、許容せられたものであるところ、前述のように、その後特許庁における抗告審判の審決により、宮本富吉の右考案は被控訴人の右特許の権利範囲には属しないものとせられるに至つたのである。しかして、ある特定の考案が特許権の範囲に属するものかどうかを決定するには、高度の専門技術的知識と経験を要するものであるから、専ら特許の有効無効あるいは特許権の範囲確認の審判を担当する特許庁審判官による判断の結果は、裁判所においても一応これを尊重すべきものと考える。そこで、右のごとき審決のあつたことが判明した現段階において、本件仮処分の要件の存否につき検討するに、本件仮処分の当時存在したとされた被控訴人の控訴人に対する前記特許権に基く妨害排除請求権は、実は当時既に存在していなかつたと判断するのが妥当であろう。尤も、本件仮処分の本案訴訟については未だ第一審判決もなく、又成立に争のない乙第一号証及び第二号証によれば、被控訴人は、右審決を不服として、東京高等裁判所にその取消訴訟を提起し、現に同裁判所昭和三十三年(行ナ)第一三号事件として繋属中であることを認めうるけれども、このことの故をもつて直に右のごとく判断する妨げとなし得ない。そうとすれば、本件仮処分は、これを取消しうべき事情の変更があつたものといわねばならない。
右のような訳で、控訴人が被控訴人に対し事情変更により本件仮処分の取消を求める申立は、正当としてこれを認容すべきものと考える。
よつて、右と所見を異にし、控訴人の申立を失当として却下した原判決は不当であるからこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条、仮執行の宣言につき同法第七百五十六条の二、第百九十六条をそれぞれ適用して、主文のように判決する。
(裁判長裁判官 浜田従六 裁判官 山口正夫 裁判官 吉田誠吾)